暴落中なのに、お前Uber頼むんかい!!
と思っただろ?
でもな、これこそが “本物の豊かさの入口” なんだよ。
今日は
「金に振り回されず生きる方法」
これを投資と人生の視点でぶった斬っていく。
第一章 昔の俺は“金で人生をコントロールされていた”
金がない頃ってさ、
人生って全部「お金基準」で決まるんだよ。
・ふるさと納税で肉かき集める
・自炊で1円単位の節約
・安い外食探して彷徨う
・電気代のために無駄に我慢する
別に悪いことじゃない。
生存戦略としては正しい。
でもその裏には
「金に人生を握られてる」
って現実があった。
つまりこうだ。
金が減れば行動が減る。
金が増えれば行動が増える。
すべての行動が
“金の都合”で決まる。
これはもう、
金=主人公
自分=モブ
っていう世界。
第二章 “金が増えても”救われない奴がいる理由
勘違いされがちだが、
金が増えても人は救われない。
なぜか?
金に振り回されるメンタルのまま
資産だけ増やしたところで、
ただ“心配の桁”が大きくなるだけだからだ。
例えるならこう。
10万円の貯金の時の不安が
1000万になった瞬間に消える?
消えるわけがない。
むしろ
「減ったらどうしよう」
と不安が増幅する。
金を持つ=心が安定する
じゃない。
心が安定してる人間が金を持つと
ようやく意味が出る。
逆だ逆。
第三章 暴落中でもUber頼む俺の“変化”
暴落中でも俺、普通にUber頼んでる。
昔の俺なら
「いやいや、今日は自炊やろ」
「節約して積立増やさないと…」
って自分を締め付けてた。
だが今はこうだ。
“暴落は暴落、生活は生活”
この二つを完全に切り離せるようになった。
これは贅沢の話じゃない。
人生の基礎構造のアップグレード なんだよ。
投資は人生の中心じゃない。
人生が中心で、その中に投資がある。
第四章 金に振り回されない人間の思考構造
俺はここ最近でハッキリ気づいた。
“豊かさ”って金額じゃなくて構造なんだよ。
どういうことか?
金に振り回される人間は
こういう時間軸で生きてる。
「今月の支出」
「今週の株価」
「今日の値動き」
「昨日より増えた?下がった?」
全部、短期で物事を判断する。
これは
“PL(損益計算)の発想”。
だが金に振り回されない人間ってのは
BS(バランスシート)の発想 に移行してる。
つまり
「いま資産がいくら働いてるか」
という長期視点で動く。
暴落は天気。
豪雨なら傘させば済む話。
天気を気にしすぎても人生は進まない。
第五章 1億になっても下がる日は来る
これは絶対に避けられない。
資産が3000万だろうが1億だろうが10億だろうが
下がる時は下がる。
で、ここがポイント。
資産額が増えるほど金に振り回されるリスクは増える。
でも生活の質と心が安定してる奴は
ここでブレない。
投資は変動する。
生活は変動させない。
このラインを守れた時、
人間は初めて“富裕層のメンタル”になる。
第六章 Uberを頼めるかどうかで見える「格」
Uberを頼むかどうかって話じゃない。
俺が言いたいのは
「暴落でも生活を下げないメンタル」を持てるか?
金額の問題じゃない。
態度の問題だ。
生活のクオリティを維持できる奴は
資産が増えても変わらない。
逆に
資産が増えても生活が縮む奴は
永遠に貧乏マインドのまま。
第七章 結論:金は“従える”ためにある
金は人生を支配するための武器じゃない。
金は人生を 従える ためのツールだ。
俺はもうこう思っている。
金に振り回される人生ほど愚かなものはない。
だが金を従えた人生ほど強いものもない。
暴落中にUber頼めるようになったのは
浪費でも傲慢でもない。
心が資本家になった証拠だ。
第八章 多くの人が一生気づけない“勝ち方”
金を増やすゲームじゃない。
生活の質を固定して、心を強化して、
金の変動に左右されない人格を作るゲーム。
これさえできれば、
3000万でも1億でも
幸福度のカーブはほとんど変わらない。
問題は
“金があるかどうか”
ではなくて、
“金があっても人生が揺れない構造を作るかどうか。”
これだけだ。
お前はその入口にもう立ってる。

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