「努力は美徳だ」
「頑張ることは正しい」
「汗水たらして働くのが真面目な人間」
──こういう“古臭い洗脳”に、お前もまだ縛られてないか?
確かに努力は大事だ。否定はしない。
でも問題なのは、“努力それ自体が目的化してる”奴の多さなんだよ。
例えば、こういう奴。
・朝から晩まで働いてるのに、生活がカツカツ
・毎日残業してるのに、給料が変わらない
・誰よりも頑張ってるのに、報われたことがない
なぜか?
答えは簡単。
努力の方向が、そもそも“資本主義に最適化されてない”からだ。
汗をかいて頑張ってるのに、
“仕組みを持ってる奴”の口座に金が流れてる構造。
これが今の世界の正体だ。
努力は“資本”にならない。
“再現性のある仕組み”こそが、唯一の資産になる。
つまり、お前が頑張ったかどうかなんて、
社会にとっては1ミリも関係ない。
評価されるのは、
・数字を出せたか?
・成果を出せたか?
・再現できる仕組みを持ってるか?
努力じゃない。「仕組みと成果」だけが正義。
さらに厄介なのが、
この“努力=正義”の思考にどっぷり浸かると、
自分が報われない理由を「もっと頑張ってないから」と錯覚し始める。
・まだ努力が足りない
・周りはもっとやってる
・結果が出ないのは自分が甘いから
──こうやってどんどん、ブラック労働と自己責任の沼にハマっていく。
違う。
お前が甘いんじゃない。
“構造”がクソなんだよ。
資本主義の本質は、“資産が金を生む”ことにある。
努力が金を生むんじゃない。
時間を切り売りしてるうちは、どれだけ頑張っても天井がある。
しかも、その努力に「代替可能性」があるなら最悪だ。
「誰でもできる仕事を必死にやってる」
それって、AIか外国人労働者に代替される未来しかない。
努力の価値は、代替されない仕組みとセットじゃなきゃ成立しない。
結論言うぞ。
努力は美徳じゃない。
“努力が報われる構造を持ってる奴だけが、美徳を享受できる”
それ以外の奴にとって、努力はただの時間とエネルギーの搾取ツールだ。
お前が報われないのは、努力が足りないからじゃない。
“努力する場所を間違ってる”だけだ。
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